
昭和13(1938)年の4月25日、阪急電鉄を創設し、宝塚歌劇団を作った小林一三の発案で、有楽町にあった日劇(現有楽町マリオンの場所)の5階に「東京婦人会館」という女性のための倶楽部組織が誕生しました。
広いホールに日本家屋、茶席もありますが、全体としては、当時最新のフランス様式を取り入れた内装で、それはすばらしいものでした。
娯楽室、談話室、講堂、音楽室、それに図書室、特別集会室、そして更衣室、事務室がありました。
茶室は、閑雅趣向で7畳半と5畳半の2部屋。和室は足利時代の書院の風情をもった14畳と9畳の日本間で出来ていました。
そこで、各種稽古事が、各界の権威者の指導によって始まりました。
当時の講座は、草月流いけばな、抹茶、煎茶、盆石、書道、日本舞踊、謡曲仕舞、小鼓、長唄、洋裁、和裁、編み物、造花、レース編み手芸、ピアノ、声楽、コーラス、短歌、俳句、支那語などがありました。
講座数は少ないですが、それぞれの教室には、かなりの人がきていました。
月謝は例えば、いけばなが3円でした。
草月流いけばなは、家元の勅使河原蒼風先生が直接熱心に指導しました。
講座の教室に加え、会員向けに講演会、見学会、体験会など、多くの催しを開催していました。